ヴィンテージアクセサリーの歴史 ー1930年代ー


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1929年にニューヨーク・ウォール街で株価が大暴落したのを発端とし、世界恐慌が起こりました。これによりアメリカの景気はひどく後退し、人々は不安におののきました。

そんな激動の時代であった1930年代。人々はどのような趣味嗜好を持ち、どのようなアクセサリーが流行していったのか、今回はその1930年代に焦点を当て、歴史を紐解きたいと思います。

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1930年代とは

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この時代に与えた影響として際立っているのが世界恐慌です。これによりアメリカ経済は大きく後退することになり、それに付随して物価も大きく下落し、世界恐慌以前の服が25ドルだとすれば、世界恐慌後にはわずか5ドルまで価格が下がってしまいました。

同様に生産のための予算も大きく削減されてしまったため、衣類のデザイナーたちは泣く泣く品質の低いものを生産せざるを得ませんでした。

影響を受けたのは衣類だけではありませんでした。アクセサリー業界でも予算の削減が求められてしまったため、安価な代替素材を用いた製品が作られるようになりました。

この場合の安価な素材とは、高価な宝石に似せて作られた模擬宝石、つまりはガラスでした。

しかしデザイナーたちもこの状況を指をくわえて見ていたわけではありません。彼らは安価な素材をいかに高級に見せるか、デザインの力で素材のチープさに打ち勝とうと努力を重ねて、本物の宝石に勝るとも劣らないほどのクオリティを、アクセサリーにもたらしたのです。

デザインの流行として、19世紀から20世紀初頭まではアール・ヌーヴォーと呼ばれる複雑で有機的、重厚なデザインが非常に人気でした。

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しかし徐々にデザインの流行は変化していくもので、1910年ごろから1930年初期まではアール・デコと呼ばれる、直線的、幾何学的、無機質さをデザインの核としたデザインが非常に流行していきました。

映画がアクセサリーに与える影響

1930年代を生きた人々にとって、とても人気であったエンターテイメントが、”映画”でした。

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世界恐慌によりアメリカのおよそ4分の1もの人々が仕事を失いました。それだけでなく、干ばつによってアメリカの中部では農業危機が起こり、何百万人もの大量の人々が職を失ってしまいました。このような非常に暗い現実から救いを求めるように人々は映画館に詰めかけました。

映画界では1920年代〜1930年代に急激な進化がもたらされました。

特に1920年代には初のトーキー映画が、1930年代には初のカラー映画が製作され、人々から熱狂を持って迎えられました。1935年ごろには初のカラーの劇映画が公開され、人々に大きな影響を与えることになるのですが、少なくともそれまでは基本的に人々は白黒の映画を鑑賞するのが普通でした。

そのためアクセサリーは白く輝く宝石やラインストーン、黒い縁取りなどを多用することになりました。なぜなら、赤や青のカラフルな宝石を身につけて映画を撮影しても、結局放映するときには白黒になってしまい、綺麗には見えなかったためです。

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このような背景もあり、ハリウッドでは白い宝石やガラスを用いたアクセサリーを身につけることが人気となり、コスチュームデザイナーもそれに合わせて白い宝石を多様したジュエリー・アクセサリーを製作。人々もそれに熱狂していきました。

世界恐慌の影響もあり、ダイヤモンドなどを贅沢に使用したものよりも、ラインストーンやプラチナによく似たシルバーを使用したジュエリーが、人気を集めました。

人気の安価素材:ペースト

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この頃、高価な宝石の代わりにアクセサリーを飾ったのが”ペースト”と呼ばれるガラスでした。より宝石に近い輝きを放つよう、鉛の酸化物を加えて作られた鉛ガラス、つまりペーストはその安価さと扱いのしやすさで根強い人気を誇る素材でした。

1930年代に製造された”ペースト”は本当の意味では”ペースト”ではなく、”ガラス”や”カットガラス”であるという風な厳密な分け方も存在するようですが、いずれにせよガラスを多用することによって、人々は安価に豪華なアクセサリーを手に入れることができるようになったのです。

ヘアクリップやネックレス、ブローチなど、様々な場面でペーストが使われていました。そのため女性にとって、ペーストで綺麗に着飾ることはどんどん一般的になっていきました。

フィット感のあるブレスレットの流行

当時の女性たちはファッションのお手本として多くのハリウッド女優を参考にしていました。

そんな中、女優たちは演技をする際にジャラジャラと音を出したり、自分の演技を阻害するようなデザインのブレスレットを好みませんでした。そのため、彼女たちの人気を集めたのはきちんと手首にフィットするデザインのブレスレットでした。

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アール・デコの流行もあり、シンプルかつスタイリッシュに着けこなせるデザインのブレスレットが人気を博していきました。

1930年代後半からの流行

一時期隆盛を誇ったアール・デコデザインも、1930年代後半には陰りを見せます。

流行があまりにも無機質で直線的なデザインに走り過ぎたことへの反動として、1930年代後半には花や葉っぱ、鳥などの自然主義のデザインへと戻っていきました。

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カラフルなガラスやビーズを用いて、可愛らしい花のブローチやネックレス、鳥をモチーフにしたデザインなどが続々と発表され、人々の人気を得るようになっていきます。

ちなみにこの頃はまだ、耳に穴を開けて着けるというピアスに対する上流階級の目は厳しく、あまり好ましく思われていませんでした。そのため、1930年代にはピアスではなくイヤリングが一般的に着けられていました。

世界恐慌、映画の流行によって、1930年代のアクセサリーデザインは大きく変わっていきました。人々はその流行に乗り遅れまいと常に動向をチェックしていたのです。

1930年代のアクセサリーには、そんな人々の生活の記憶が刻まれています。

カントリージェントルマンではこのようなヴィンテージの素材(スプーン等のカトラリー)を使用したスプーンリングやバターナイフブレスレットを製作しています。

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ヴィンテージのアクセサリーに興味のある方はご覧いただければと思います。

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