今回は当ブランドが大きく影響を受けている、本物のカントリージェントルマンであった白洲次郎さんの愛した女性について、お話をしたいと思います。

https://buaiso.com/about_buaiso/jiro.html
おそらく多くの方はご存知ないお話かと思いますが。。
しかしそれでも、自分の憧れの人たちについてお話しできることは自分としては楽しく、また自らを省みる機会にもなると思っています。
本物のイギリスを知り、本物の紳士を知り、ご自身も本物のカントリージェントルマンであった白洲次郎さんが愛した女性とは、一体どんな方だったのか。
数々のエピソードと、多分に含まれた私の独断と偏見とを織り交ぜながら、お話しをしていきたいと思います。
本物のカントリージェントルマン、白洲次郎
白洲次郎さんについては、すでにこちらの記事(カントリージェントルマンとは)にて詳しくお話しさせていただいていますので、お手すきの際にでもご一読いただければ幸いです。

https://www.sogo-seibu.jp/common/museum/archives/09/0102_shirasu/
ちなみにお時間がない方のために彼の略歴をまとめますと、
・1902年2月17日生まれ、大富豪の次男として誕生
・イギリスのケンブリッジ大学に留学
・帰国後、白洲正子(樺山正子)と結婚
・英語力を生かし新聞社などで働く
・徐々に政治に携わる人達と交流を深める
・第二次世界大戦敗戦後、連合軍の占領に対して日本を守るために奔走
・貿易庁の長官や東北電力の会長など要職を歴任し、日本の近代化に大きく貢献
という、略歴だけを見てもインパクトのある偉人です。
私が彼に引かれたのはその経歴ももちろんですが、彼の紳士然たる生き様でした。
「立場が上の人でも間違ったことをすれば平気で正論で立ち向かい、立場が下の人にはとにかく優しく接する」、「周りに持ち上げられ様々な要職を歴任しながらも、自分の仕事を終えたとみれば即座にその座を明け渡す」など、”風の男”と評されることもある彼ですが、その評価は言い得て妙であると感じます。
また、彼の人生を評する上でよく使われる表現として、「プリンシプル(原理・原則)を貫き通した人生」という言葉があります。
彼自身、”プリンシプルを持って生きれば、人生に迷うことはない”とも語っており、生きる上で全ての行動にはプリンシプル(物事の原理・原則)がなければいけないと、常々言っていたそうです。
彼のシビれるエピソードはまだまだ星の数ほどあり、正直今回もそれら一つ一つを紹介したい衝動に駆られるほどに彼の生き様はカッコいいのですが。。今回は彼の愛した女性、つまりご夫人であった白洲正子さんにスポットライトを当てるべく、泣く泣く次のお話へと移ります。
白洲正子とはどんな女性だったか
では、白洲次郎さんの奥様であった白洲正子さんとはどのような女性だったのでしょうか。
