top of page

プリズンリングの知られざる歴史(巨匠Bob Doddとセルロイドリング)

カントリージェントルマンでは、これまでさまざまなヴィンテージリングの歴史をご紹介して参りました。


モーニングリングやロザリオリング、サムリングやシグネットリングなど、日本ではあまり知られていない様々なリングをご紹介してきたつもりではあったものの、


今回ご紹介するような新たなリングの歴史に触れる度に、


君の知っている知識など、ごく矮小な範囲に過ぎないのだ」と、

先人が積み重ねてきた歴史に襟を正されるような気持ちになります。


私が好きな書物の一つ、論語の中にもこのような文があります。


知之為知之、不知為不知。是知也。(之を知るを之を知ると為し、知らざるを知らずと為す。是れ知るなり。)」

出典:論語第二章「為政第二」第十七


これはつまり、「自分が知っていることを”知っている”とし、まだ知らないことを”知らない”と素直に認めることが、”知る”ということだ」という意味となるのですが、


まさに今回のプリズンリングは、私がまだ”知らない”ことでした。


目の前に横たわっている”知られざる歴史”の大きさに改めて居住まいを正すと共に、


今回ご紹介する味わい深い”プリズンリング”の歴史をご紹介できることの喜びを噛み締めながら、お伝えをさせていただければと思います。

 

プリズンリングとは

手書きのプリズンリング

(きちんとお見せできる画像がなかったため、私の拙い画力で恐縮ですが基本的には上図のようなリングがプリズンリングと呼ばれております。中央には家族の写真や、マリリンモンローなど有名な女優の写真を貼り付けることも多かったようです)


プリズンリングとは、その名の通り「Prison(刑務所)で作られた指輪」のことを指します。


ほとんどは20世紀初頭に作られたものが多いとされ、素材としてはセルロイド製の歯ブラシが用いられていました。


実はこの”セルロイド”という素材こそが、プリズンリング誕生に欠かせない重要な性質を持っていました。

 

セルロイドとは


セルロイド(Celluloid)とは、簡単にいえば「プラスチックの祖先」とも言える、初期の合成樹脂でした。


セルロイドがこの世に生まれたのは1856年のことで、イギリス人のアレキサンダー・パークス(Alexander Parkes、1818-1890)によって作られました。

(とするのが定説ですが、実は発明者はその他にも数名いたとされ、実際のところは不明なままとなっています。)

セルロイドの発明者、アレクサンダーパークス

ちなみに、このセルロイドという素材の誕生にはビリヤードが深く関わっています。

セルロイド製のビリヤードの球

1800年代半ばに入ると、ビリヤードは室内における遊戯の一つとして富裕層を中心に流行します。


この頃のビリヤードの球の素材は象から得られる象牙でした。(初期は木や粘土で作られていました)

18世紀のビリヤードの様子

しかし象の絶滅が危惧されるようになった1800年代後半から、ビリヤードの製造業者は人工象牙の必要性を感じ始めます。


(一説にはビリヤードの球を作るために夥しい数の象が狩られてしまったそうです)


そこでビリヤード産業の人々は「人工象牙となりうる素材の開発」に当時1万ドルの懸賞金をかけ、開発を奨励することとしました。


そんな中で、象牙に近い耐久性と質感を持ち、加工も容易な夢の素材セルロイドが開発されたのです。


さて話を戻します。


セルロイドはさまざまな特徴を持っており、そのうちのいくつかを以下に示します。


  • 発火性が高く、170度以上になると自然発火する可能性が高い。

  • 光や湿度によって劣化し、脆くなり変色したりする。

  • 熱によって変形しやすく加工が容易である。


このうちの「熱によって変形しやすい」という性質が、セルロイドとプリズンリングを結ぶ鍵となったのでした。


参考:

 

プリズンリングの作り方

プリズンリングの作り方

※プリズンリングに関する書物は世界でもほとんど見当たらず、ここから先は私の主観や推察が多分に含まれますことをお許しください。


プリズンリングと呼ばれていたということは、当然ながら刑務所の中で作れるリングであったと推察されますが、十分な製造器具が用意されていない刑務所の中で、


囚人たちはどのようにしてリングを製作したのでしょうか。


実はここで、セルロイドの「熱によって変形しやすい」という性質が重要な鍵となりました。

セルロイドを熱で曲げる

熱いお湯に浸けることで、セルロイドは柔らかく加工が容易になりました。そのため特段大袈裟な制作器具などは必要がなく、


最低限のペンチか木材、接着剤さえ見つけることができれば、(完成品の出来不出来はさておき)リングを作ることができたとされています。


※私もセルロイドリングを制作したことはありませんが、接着剤がなくとも熱によって接着ができるとの記述も見かけたことから、

もしかするとセルロイドとお湯さえあれば、少なくともリングには加工ができるのではないかと想像されます。


さて、このリングの素材となるセルロイドですが、


一説では1930年代ごろにはアメリカの刑務所の囚人にセルロイド製の歯ブラシが配られるところもあったらしく、


それらの素材をリングへと加工していたのではないかと推察されます。


また、こちらの写真もご覧ください。

20世紀の捕虜の記念品製作の様子

これは1918年の4月に、ジョージア州フォートマクファーソンの戦争捕虜収容所で撮影された、ドイツの捕虜を撮影した写真です。


彼(捕虜)にまつわるストーリーは、このようなものでした。


「彼は余暇を使って、記念品(土産物)を制作していました。その土産物は刑務所の食堂で販売され、そこで得た収益で彼はタバコや飲み物などを購入していました。」


もちろん彼は”捕虜”であり、厳密には”囚人”ではないため当時の囚人たちも同様の行動ができたかどうかは定かではありませんが、


もしかすると出来の良いプリズンリングは、土産物として販売されるかもしくは配られていた可能性も、決してゼロとは言えないのではないかと考えられます。


ちなみにプリズンリングはこの他にも、歴史的に非常に重要な場面でも登場しているのですが、その歴史について触れるにはあまりに暗いお話となりますことから、


ご興味のある方は「レイニー・ベゼア」という囚人の歴史をお調べいただければと思います。(少し気分が悪くなるためあまりお勧めはしませんが。。)


 

セルロイドリングの巨匠、Bob Dodd


”プリズン”という物々しい単語が組み合わされた指輪ですが、実際のところプリズンリングは”セルロイド”リングとも呼ばれており、


シグネットリングなどと比較するとまだまだ認知度は低いものの、一部のコレクターの間では積極的に取引が行われています。


そんなセルロイドリングの巨匠と呼ばれるのが、Bob Dodd(-2008)という男性です。


彼がセルロイドリングを制作し始めたのは1937年からのことで、この頃の彼は「船乗りだった」「海軍にいた」「CCC(Civilian Conservation Corps)という市民保全部隊にいた」など諸説ありますが、


いずれにせよこの頃から彼の創作活動は開始されました。


素材は先述したセルロイド製の歯ブラシや、櫛、手鏡などを用いて、昔ながらの製法で一つ一つ手作りされていたそうです。(制作には丸一日かかるとも言われています)


さて、私からご紹介させていただくのはここまでとし、ここから先は実際に彼の元に赴き、彼の仕事を実際に目の当たりにした素敵な女性にお話をいただくこととしたく思います。


詳しくは彼女の素晴らしい記事:https://www.etsy.com/jp/blog/bob-doddをご覧ください。


※Bob Doddが制作したまるで宝石のような美しさを備えたセルロイドリングも見学させていただくことができます。

 

”知らない”ことが多すぎるこの世界で


今回は知られざるプリズンリング、セルロイドリングの歴史について、ご紹介をさせていただきました。


一般的には使用後に”ゴミ”としてしか扱われない歯ブラシや櫛などを、自らのクリエイティビティによってまるで芸術品のようなリングへと生まれ変わらせた彼らは、心から尊敬に値します。


自分がどんな状況に置かれたとしても、彼らのようなクリエイティビティは失わずにいたいと思います。


。。と少しの余韻に浸る間も実はなく、


最近では以下のような非常に奇妙極まりない、様々なヴィンテージリングを発見し、一人で驚いております。

  • 故人の遺髪が収められたロケットが組み込まれた、モーニングロケットリング(と呼べるのかは不明です)

  • 裏表で違う種類のストーンが据え付けられ、それを回転することで見た目を変えられる特殊なシグネットリング

  • リングの内側に鍵が隠されているシグネットリング

  • 指輪に窓が取り付けられており、その窓を開けると故人の遺髪が見られるモーニングリング

  • ”白い”モーニングリングの秘密


改めて、自分の知識の貧弱さに眩暈がするような日々を過ごしております。


(これらについてはいずれご紹介する機会がありましたら、ぜひご覧をいただければと思います。)


これからも、未知の歴史との出会いを楽しみながら、少しずつ皆様へご紹介していければと思っております。


ご覧いただきまして、ありがとうございました。


Country Gentleman



bottom of page