「死」は、この世に生を受けたもの全てに分け隔てなく訪れる、避けることのできない要素です。
人々は亡くなった人の死を悼み、悲しみ、喪に服します。
その哀悼の意を示すべく、中世ではモーニングリングと呼ばれる黒い指輪が身につけられていました。
喪服が黒を基調とされているように、このモーニングリングと呼ばれる指輪も黒い石(ジェットやオニキス)、黒いエナメルなど、色としては”黒”を軸に制作されていました。
しかし実は、モーニングリングには黒だけでなく、白いものが存在していたことをご存知だったでしょうか。
今回はそんな”白い”モーニングリングにまつわる、美しくも儚い歴史をご紹介させて頂きます。
純白のモーニングリングの儚い歴史
Leicestershire County Council, CC BY 2.0, via Wikimedia Commons
※こちらのモーニングリングは1762年に制作されたと見られ、”ELIZ SIMPSON OB 18 FEB 1762”とあることから1762年2月18日に亡くなった、若い方を偲ぶために作られたと推察されます。
一般的なモーニングリングが”黒”を基調としているのに対し、こちらのモーニングリングはその正反対の”白”を基調にしていながらも、「故人を偲ぶ」という点ではどちらも同じ背景を持つリングであると言えます。
しかしその中でも白いモーニングリングは、「幼くして亡くなった子供」、「未婚/処女のまま亡くなった女性」に敬意を表すため、そして偲ぶために作られたリングでした。
特に未婚/処女のまま亡くなった女性のために作られたモーニングリングには、モットーとして”NOT LOST BUT GONE BEFORE”という文字が刻まれることが多くありました。
これを訳してみると、「私はあなたを失ったわけではなく、ただ私よりも先に逝ってしまったのだ」という意味合いで刻まれていたことが分かります。
モーニングリングの起源は14世紀ごろとされており、その最盛期はイギリスのビクトリア朝時代(1837-1901年)となっています。
(この辺りの詳しいお話は、別記事:”死”とヴィンテージアクセサリーの歴史にて詳しくご説明しております。)
黒か、白か
Geni, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons
一説にはモーニングリングに黒が採用された一因として、死を迎えること=光がなくなる=黒色がふさわしいとの考えからきているともされ、
一般的なモーニングリングには黒が多く採用されています。
それとは異なる意味合いで、白は光、無垢で純粋、処女であると言った意味合いがもたらされていることから、まだ汚れのない若い人(未婚・処女)の死に際して作られていたようです。
※お恥ずかしながら私は宗教に関する知識が浅薄であるということもあり、これらに見られるいわゆる「処女崇拝・処女信仰」に関するご説明が困難であるため、
なぜそれほどまでに既婚・未婚で扱いが異なってくるのかに関しましては、その分野の先達の皆様方の論文、または書物などにてお調べをいただくことをお勧めさせて頂きます。
白いモーニングリングと遺髪のつながり
モーニングリングの中には、ゴールドの縁取りに文字の間を黒いエナメルで埋め尽くしたシンプルなスタイルなものが多いのですが、
その他によく見られるデザインスタイルの一つとして、”故人の遺髪”が用られたリングがあります。
以下の写真は18世紀末〜19世紀初頭のアンティークモーニングリングとなりますが、画像右上のアーモンド型のリングの淵には、編み込まれた遺髪を確認することができます。
Geni, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons
なぜ遺髪が用いられるようになったかには諸説ありますが、おそらくは死が分け隔てた故人と自分とを繋ぐという意味、
もしくは単純に、亡くなってしまった愛する人をいつも身近に感じていたいという意味合いから、
モーニングリングの中に遺髪が組み込まれるようになっていったのではないかと推察致します。
(この点に関しましては、先達の皆様のご意見をぜひお伺いできますと幸いです)
さて、白いモーニングリングの場合、遺髪はどのように組み込まれることが多かったのでしょうか。
実はこの点においても、黒いモーニングリングとは大きく異なる使われ方をしていたことが確認できます。
白いモーニングリングでは、遺髪は”絵の材料”としても使用されていました。
「リングに絵?」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、事実白いモーニングリングの多くに絵が描かれたものが多く発見されています。
Museum of London , Public domain, via Wikimedia Commons
この写真のように、柳の木、遺灰の壺、悲しみに暮れる遺族のモチーフは多く見られており、その中に遺髪が組み込まれることが多かったようです。
具体的には絵をガラスで包んでいる中空の空間の中に、細かく切った遺髪を入れたり、柳の木の葉を遺髪を貼り付けることで描いたものなど、
遺族が故人を愛する気持ちが強いが故に、非常に手の込んだものが多く作られていたことが分かります。
Smithsonian American Art Museum , Public domain, via Wikimedia Commons
いつの世でも悼む気持ちは変わらず
どれだけの時が過ぎ去っても、人が人を悼み悲しむ気持ちは変わりません。
そしてできることならずっとその人を感じて生きていきたいという気持ちも、現代に時が移り変わっても不変な人間の心の動きではないでしょうか。
もちろん現代では流石に遺髪を用いたアクセサリーはほとんど作られてはおらず、
私も一目見た際には「奇妙」で「少し怖い」アクセサリーという認識でしかなかったモーニングリングですが、
このような深い歴史に触れるにつれて、これは愛の証だったのだという思いが、私の心の中に少しずつですが染み入ってきました。
ここからは私の勝手な独り言なのですが、皆さんは愛する人や大切に思う人に、自分の気持ちを素直に伝えられているでしょうか。
私は今回モーニングリングの歴史を調べていく中で、ふと「人は亡くなってしまえば、もう直接気持ちを伝えることはできないのだ」という当たり前のことに、改めて気づきました。
で、あるからこそ、わたしたちは限られた時間の中で語り合い、笑い合い、時に傷つけ合いながらも気持ちを伝えることを止めないように心がけなければならないと思います。
死が二人を別つその時まで。
愛する人には愛していると、大切な人にはどれだけ自分が大切に思っているかを、素直に伝えていけるならば、それほど素敵なことはないように思います。
皆様の人生が実り多き旅路となりますことを、心より願っております。
Country Gentleman
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