
The Portable Antiquities Scheme/ The Trustees of the British Museum, CC BY-SA 2.0, via Wikimedia Commons
これまでシグネットリングに関する興味深い歴史について、様々な角度からお伝えしてまいりました。
このリングの形は時を経るにつれよりシンプルに、そして洗練された形へとブラッシュアップされてきました。
しかしその中でも決してその姿を変えない一つの要素があります。それが、モノグラムです。
持ち主の名前、姓、ミドルネームなどを芸術的な感覚で組み合わせ、
平面でありながらも立体的に見えるこの不思議なデザイン=モノグラムはこれまで多くのシグネットリングに採用されてきました。
もちろんシグネットリングには文字だけでなく、家紋などのモチーフが彫り込まれることもありますが、
現代においても人気のあるデザインとして、このモノグラムが多数採用されているのを折に触れて目にします。
何も考えずに見れば単なる文字の組み合わせに過ぎませんが、当ブランドサイトをご覧いただいているファッションフリークの皆様であれば、
その裏側には非常に味わい深い歴史や伝統があることを感じ取っていただけるかと思います。
今回は、そんなモノグラムの歴史についてお話しさせていただければと思います。
※注:本記事はあくまでも歴史についてのご紹介であり、現代の皆様が「そのルールに則って身に付けなければならない」という押し付けをする意図は、一切含まれていないことをあらかじめお伝え致します。
またシグネットリングは”紳士の指輪”と呼ばれるほど、古くは男性が身につけることが多いとされた指輪ですが、
史実上でも女性が身につけていたことはわかっており、さらに現代においてはいかなる性別上の指定もルールも強制されることは当然ながらありません。
老若男女、性的指向に関わらず、自由に身につけていただければ幸いです。
それでは、早速モノグラムの歴史を紐解いてまいります。
モノグラムの歴史
モノグラムの歴史を紐解くと、紀元前350年ごろまで遡ることができるとされています。
初期のモノグラムは古代ギリシャのコインに刻まれており、たとえばこちらの、古代ギリシャのセレウコス朝の君主、アンティオコス3世(紀元前241-187)が発行したコインの中にも、裏面の椅子の下と鳥の下にモノグラムが配置されています。

Classical Numismatic Group, Inc. http://www.cngcoins.com, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons
今からおよそ2200年以上前に、現代まで続くモノグラムという文化が始まっていたことを知ると、とても不思議な気持ちを覚えます。
また、モノグラムの歴史について、あまり広く知られてはいませんが、このようなモノグラムがあったことをご存知でしょうか。

Uploadalt, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons
これはコンスタンティノープルにあるキリスト教徒の石棺(3-4世紀頃のもの)の側面にある彫刻ですが、
中央に風車・または車輪のように見える印(モノグラム)があります。
実はこのモノグラムは、イエス・キリストを表しており、ギリシャ語でイエス・キリストを表す際の頭文字である、IとXを組み合わせて作られています。
・Ιησούς、(JESUS)
・Χριστος(CHRIST)
このモノグラムは別名クリストグラム(Christogram)と呼ばれ、先ほどのIXをはじめとしXPやIHSのものも存在しています。
(余談ですが、トム・ハンクス主演の映画「天使と悪魔」の中で、教会の中で教皇の候補を助け出そうと奮闘するシーンがあるのですが、その教会の壁に一瞬このXPのクリストグラムを見ることができます。
またこの映画の冒頭では、ローマ教皇のシグネットリングを破壊する儀式が表現されており、図らずもそのシーンを見た時にはとても興奮したことを覚えております。)
(・・・おそらくそこに興奮するのは私だけなのかもしれませんが)
特にXPのモノグラムには興味深いエピソードがあり、
古代ローマ帝国の皇帝であったコンスタンティヌス1世(270-337)が、312年にマクセンティウスとのミルウィウス橋の戦いに臨む前に、
「天空に十字架(XPのモノグラムだったとの説も)が現れたため、それを兵士の旗(盾とも言われる)に付けさせて戦いに臨み勝利した。」
という嘘か真かわからない神の啓司があったとされ、それ以降このモノグラムはLabarum(Chi-Rho)としてローマ帝国正規軍の軍旗(シンボル)の一つとなったとされています

(ちなみにこちらのタペストリーがミルウィウス橋の戦いを描いた、
”ミルヴィオ橋の崩壊とマクセンティウスの死(The Collapse of the Milvian Bridge and the Death of Maxentius)”というタイトルのタペストリーです。
外枠上中央に"XP"のクリストグラムを確認できます。
このタペストリーの下絵は、「王の画家にして画家の王」と称される巨匠、ピーテル・パウル・ルーベンス(1577-1640)によって描かれました。)
※ここから少しだけ横道に逸れますため、興味がない方は読み飛ばしていただければ幸いです。
ー以下、横道ー

※こちらも同じくルーベンス(1577-1640)によって描かれた”クリストグラムの出現(The apparition of the Monogram of Christ)”というタペストリーです。
おそらく左側中央で天を仰いでいるのがコンスタンティヌス1世で、中央上の天空にクリストグラムが出現しているのが見てとれます。
このタペストリーは<コンスタンティンの歴史>というシリーズで作られた内の一つであり、1622-1640年の間に製作されました。
実はこのシリーズには12の下絵が存在しており、基本的にはその下絵を元にしてタペストリーが製作されていったものの、
この”クリストグラムの出現”については、下絵をピーテル・パウル・ルーベンスが描き、タペストリーは別の芸術家であるピエトロダコルトーナ(1596–1669)によって製作されたとされ、
事実タペストリーとルーベンスの描いた下絵とは少し異なるデザインとなっているのが、非常に興味深いところです。
(以下がルーベンスが描いたとされる下絵です)

現在ではフィラデルフィア美術館にこの下絵が、そしてタペストリーはフランス、パリのモビリエ・ナショナル(フランス国有動産管理局)にて収蔵されているようです。
参考:https://philamuseum.org/collection/object/102462
https://en.wikipedia.org/wiki/The_History_of_Constantine#Rubens'_designs
ー横道、終わりー
ちなみにこのXPは先ほどのキリストのギリシャ語の頭文字2つ(Χριστος)を象った物とされています。
少し(と申しますか、かなり)話が逸れましたが、その後もこの”モノグラム”という文化は脈々と受け継がれていきます。
モノグラムが非常に流行したのは18世期から19世期のヴィクトリア朝の頃で、多くの富裕層が自らの持ち物へとモノグラムを彫らせたり、または刺繍を施していました。
(当ブランドで銀食器から制作しているヴィンテージアクセサリーにも、モノグラムが彫り込まれたものが多くございますが、このような歴史の流れがあると再認識でき、嬉しい気持ちになりました。)
20世期に入ってもその人気は衰えるところを知らず、それはあるときはシグネットリングで見られ、
あるときはラブ・トークンやグッドラックコインなどのコインへの彫刻に繋がり、現代まで受け継がれていきました。
参考:https://it.wikipedia.org/wiki/Battaglia_di_Ponte_Milvio
https://en.wikipedia.org/wiki/Christogram
イニシャルを組み合わせる
モノグラムの大きな魅力の一つに挙げられるのが、イニシャルの組み合わせの妙です。
皆さんはシグネットリングに彫り込まれたイニシャルの順番には、古くからのルールがあったことをご存知でしょうか。
実は男性・女性、そして結婚した場合などでもその組み合わせ方は異なるのですが、ここからはそのルールについて詳しくご説明させていただきます。
※注:重ね重ね恐縮ですが、現代においては今回ご紹介するようなルールを厳守する必要はなく、基本的にはご自身の好きな順番やデザインで組み合わせても、全く何の問題もないことを予めお伝えしておきます。
あくまで歴史的なルールをお伝えさせていただくというスタンスで、ご説明させて頂きます。
男性の場合
多くの場合、男性のイニシャルは<名><ミドルネーム><姓>の順番のまま、そして高さもそのままで組み合わされます。(中央を大きくすることもありますが、その際の順番は<名><姓><ミドルネーム>に変わります。)

女性の場合
女性の場合で多いのが、<名><姓><ミドルネーム>の順番で、中央の<姓>のイニシャルを大きくして配置するというパターンです。(女性も男性同様同じ文字のサイズで配置することもできますが、その際の順番は<名><ミドルネーム><姓>となります。)

結婚した場合
結婚した場合には、<夫の名前><二人の姓><妻の名前>の順番で、中央の<姓>のイニシャルを大きくして配置されることがほとんどです。

しかしこれは実はどんなアイテムに対してモノグラムを付けるのかによって順番が異なっており、リネンなどにモノグラムをつける場合には、先ほどとは逆に<妻の名前><二人の姓><夫の名前>の順番で組み合わされます。

日本においてはそもそもこのイニシャルからモノグラムを作るという文化がなく、さらにはミドルネームなるものも存在しないことから、基本的には<名><姓>の順番で制作をすれば、よろしいかと思います。
その他の場合
例えば1文字でモノグラムを作りたい場合には、<名前>もしくは<姓>の頭文字を採用します。
また、結婚した女性であれば<名><新しい姓><旧姓>の順番で3つのモノグラムを使うことも可能です。
参考:https://taylorstreetfavors.com/monogram-rules/
シグネットリングとモノグラムの歴史
モノグラムに関するとても味わい深い歴史をご紹介させていただきました。
※実はこのモノグラムは、形を変えて日本にも”キリシタン灯篭”のような形で到来していたのですが、話が脱線してしまうため、ここからはぜひご自身でお調べいただくことをお勧め致します。
このような歴史を踏襲し昔ながらのスタイルで文字を組み合わせるも良し、逆に自らがイメージする独自のスタイルで組み合わせるも良し、
または自分が好きなイラスト、モチーフ、モットーなどを組み合わせるも良し、全ては皆様のクリエイティビティ次第で自由にお楽しみいただければと思います。
(今回はこれまでになく大いに横道に逸れたため、意図せず長文となってしまいました。長々とお付き合いをいただきまして、誠にありがとうございました。)
さて、それではまた知られざる歴史を発掘しに参りたいと思います。
そう遠くないうちに、またお目にかかれますことを楽しみにしております。
Country Gentleman