古代エジプトから始まり、ヨーロッパや西欧諸国へとその文化が広まったとされる、シグネットリング。
Durham County Council, CC BY 2.0, via Wikimedia Commons
ここ日本でも、感度の高いファッショニスタたちが、自らのイニシャルを刻み込んだオリジナルなシグネットリングを身につけてファッションを楽しんでいます。
当ブランドCountry Gentlemanでは、これまでシグネットリングに隠された、深遠なる歴史をいくつもご紹介してきました。
今回はそんなシグネットリングにまた少し違った角度から光を当てていきたいと考えております。
皆さんも一度は耳にしたことがあるであろう偉人、歴代のローマ教皇も実はこのシグネットリングを代々身につけていたことをご存知でしたでしょうか。
全世界のカトリック教徒の精神的指導者であるローマ教皇。
西暦1世紀から脈々と受け継がれてきた”教皇”なる者たちはどのようにこのリングと歩みを進めてきたのでしょうか。
※シグネットリングにまつわる奥深い歴史については、シグネットリングの知られざる歴史でも詳しくご紹介しております。是非ご一読ください。
ローマ教皇とシグネットリング
おそらく日本で「シグネットリング」と言うと、ほとんどの場合このようなリングを想像されることと思います。
Tilt u, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons
しかしこれはあくまでもシグネットリングの一つの形態にすぎません。
このリングは所有者のイニシャルをモノグラムに落とし込んだものであり、確かに人気があったスタイルではありますが、
シグネットリングには他にも紋章や家紋がデザインされたものや、所有者にとって特別な意味を持つデザインが彫り込まれたものなど、非常に多彩なスタイルが含有されているリングなのです。
今回ご紹介するのは、通称”漁師の指輪(Fisherman's Ring)”と呼ばれる、歴代のローマ教皇たちが身につけていた崇高なるシグネットリングです。
(こちらの動画はあくまで”漁師の指輪”を模したレプリカですが、デザインは非常に近いものがあります)
歴史の中にこの漁師の指輪が登場するのは13世紀のことで、それ以前から私的な書類・手紙の封印にこの指輪を使用していたそうですが、これを公式文書の封印にも使用することになったのは、15世紀からのこととされています。
なぜ”漁師”の指輪なのか
ここで一つの疑問が生まれます。教皇が身につける指輪であるにも関わらず、なぜ”教皇”の指輪ではなく”漁師”の指輪なのでしょうか。実はこれには初代ローマ教皇が深く関わっています。
初代ローマ教皇とされるのは、新約聖書にも登場する聖ペトロと呼ばれる聖人であり、かのイエス・キリストに従ったとされる偉大な人物ですが、
実はこの聖ペトロは元々は”漁師”であり、ある日漁をしているところをキリストに声をかけられ、最初の弟子になったとされています。
この背景を基に、代々ローマ教皇たちは彼の後継者としてこの漁師(聖ペトロ)が描かれた指輪を身につけることになったのでした。
金か、銀か。
これまでほとんどのローマ教皇のシグネットリング、”漁師”の指輪は純金で作られていました。
しかし現ローマ教皇フランシスコは、質素を重んじていたため自らのシグネットリングを純金から銀に金メッキを施したものを作らせ、身につけるようにしました。
彼はその他にも十字架、靴や住居までも余計な費用をかけなくても済むよう、安価なものに変えられるものはどんどん変えていきました。
これまでの教皇の中には宝石を”漁師の指輪”に埋め込んだりする人もいたりと、様々なオリジナリティが表現されてきているところも、この特異なシグネットリングの面白いところとなっています。
さて、ここで一つ興味深いビデオをご紹介したいと思います。
現在のローマ教皇はフランシスコですが、その前のローマ教皇はベネディクト16世(2013年2月に自由な意思によって退位し、その後名誉教皇となる)でした。
もちろん彼も自らの”漁師の指輪”を保有していましたが、そのベネディクト16世のために作られた”漁師の指輪”が、どの様にして作られたのかを、彫金職人が語るという非常に貴重な動画となっています。
興味がおありになる方は、是非一度ご覧いただければと思います。(動画の最後には新しいローマ教皇が”漁師の指輪”を身に付ける様子も映し出されています。)
身につける指とは
ローマ教皇はどの指にこの特別なシグネットリングを身につけていたのでしょうか。
一説には、ローマ教皇は伝統として4本目の指、つまりは薬指に身に着けることを伝統としていたようです。事実、シグネットリングを身につけている教皇たちの手元を見ると、
ほとんどの場合彼らの薬指に、黄金に輝くシグネットリングを確かめることができます。
Kremlin.ru, CC BY 3.0, via Wikimedia Commons
(先ほどご紹介した動画の2:30ごろから、教皇が実際に”漁師の指輪”を身に付ける場面がありますが、その際もやはり身に着ける指は薬指であることがわかります。)
しかし、中世ヨーロッパの王族・貴族たちもそうであったように、この指輪は身につける人もいれば身につけない人もいたのも事実です。
破壊の儀式とは
別の記事でもご紹介したように、シグネットリングはそもそもが日本でいう印鑑と同じような役割を果たしており、その当時は公式文書への捺印などに用いられていました。
持ち主には王や貴族が多く、彼らの死後シグネットリングが残っていると他人に悪用されて書類を偽造されたりする恐れがあったため、リングは破壊されることが多いとされています。
私もシグネットリング の歴史を調べていく中で、何度もこの”破壊”に関する記述を目にしていたのですが、実際どのような流れで破壊されるのかを知る術はなかなかありませんでした。
しかしある日、偶然見ていたトム・ハンクス主演の映画「天使と悪魔」の冒頭で、驚くべきことにローマ教皇の指輪つまり”漁師の指輪”を破壊する儀式が丁寧に描かれているのを目にしたのです。
(以下の動画がその冒頭の指輪の破壊の儀式のシーンとなります。映画自体も非常によく作られており、見応えがありおすすめの映画です。)
この時の興奮は今でも忘れられないほどですが、具体的には以下のような流れで指輪の破壊の儀式が執り行われることがわかります。
「破壊の儀式はカメルレンゴや他の枢機卿の前で執り行われる」」「ノミを使って指輪の台座に十字の傷をつけ、最後にハンマーで叩いて破壊する」
実際にはこれだけのことなのですが、シグネットリングの歴史を知った上でこのシーンを見ると、より味わい深い光景として楽しんでいただけるかと思います。
ちなみにユアン・マクレガー扮するカメルレンゴ(ローマ教皇庁の役職の一つで、ローマ教皇の秘書長)が物悲しげな表情で儀式を行っていますが、指輪の破壊それ自体が持ち主が死亡したことを表しており、敬愛するローマ教皇が亡くなってしまった事を悲しんでいる、と見ることができます。
受け継がれる漁師の指輪
所有者が亡くなるたびに、先ほどの儀式をもって漁師の指輪は破壊されます。そしてまた新たな持ち主が現れた際にはまた新たな漁師の指輪が作られ、それが身に着けられます。
このように破壊と再生が繰り返されることから、一部の人の間では”漁師の指輪”は”不死鳥の指輪”(the Phoenix Ring)とも呼ばれているそうです。
側から見れば単なる金の指輪に過ぎないこの”漁師の指輪”ですが、その背景や歴史を知れば知るほど、歴代ローマ教皇の思いやカトリック教徒たちの願い・祈りの深さを感じることができます。
今回はシグネットリングの歴史の中でも、現代まで途絶えることなく続いている”漁師の指輪”に関する興味深い歴史をご紹介致しました。
※シグネットリング について、この他にもいくつか記事を書いておりますので、ご興味がございましたらご覧いただければ幸いです。
このブログ自体、見たくださる方はとても限られた数しかいらっしゃいませんが、まれに励ましのお言葉をいただくこともございまして、その度に「この様なニッチなお話にお付き合い頂ける方がいらっしゃるとは、世界は自分が思うよりも広いのだなあ」と改めて感じることができております。
この場を借りて、御礼申し上げます。
これからも不定期ながら、自らの心の琴線に触れたものをご紹介し続けていければと思っております。
それではまた、近いうちにお目にかかります。
Country Gentleman
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