知られざるスピークイージーの歴史とは

最終更新: 2019年12月11日


今回はファッションやヴィンテージアクセサリーの歴史ではなく、個人的にとても大好きな文化の一つである”スピークイージー”について、知られざる歴史をご紹介したいと思います。

https://www.21club.com/history

スピークイージーとは、1920年代に成立した禁酒法の最中に、いわゆる【密造酒を提供していたバー】のことを指します。

現在では【隠れ家バー】のような認識で世界各地に存在していますが、その裏にはとても興味深い歴史が隠されていました。

今回はそんなロマンあふれる”スピークイージー”の知られざる歴史を紐解いていきます。

語り継がれる悪法、禁酒法の成立

場所はアメリカ、時は狂乱の20年代と呼ばれた1920年代へさかのぼります。

第一次世界大戦が終わり、アメリカ国民は久々に生活を楽しみ始めます。この頃ジャズ・ミュージックが流行し、芸術面ではアール・デコが隆盛しました。

そんな1920年代に成立したのが現在でも語り継がれる悪法、禁酒法です。

(ちなみに禁酒法は、敬虔なキリスト教徒の集団による禁酒運動から端を発しています。)

禁酒法は1920年に施工された法律で、その内容は簡単に言えばこうです。

1.0.5%以上のアルコールを含むものを規制。 2.アルコールの製造・販売・輸送を禁止。 3.手元にあるものを飲むことは許可。

つまり「酒を作ったり売ったりしてはだめだが、持っているものは飲んでもよい」という、なんともお粗末な法律だったため、法律の施行前に大量に買いだめする人が続出するほどでした。

この禁酒法の成立によって誕生したのが、いわゆるもぐり酒場のスピークイージーでした。

スピークイージーのシステム

禁酒法の成立と共に生まれたスピークイージー。

ほぼ全てのパブやバーが警察によって閉鎖に追いやられてしまったため、スピークイージーは瞬く間に増えることになり、

ニューヨーク市だけでもかなりの数のスピークイージーが存在していたと言われています。

http://theroaringtwentieshistory.blogspot.com/2010/06/prohibition-and-speakeasies.html

スピークイージーの語源には諸説ありますが、有力な説としては

当時警察からの捜査を防ぐため、入店の際には扉の裏にいるドアマンに合言葉を言う必要がありました。

その際周りに聞こえないように「こっそりと話す」必要があったことから、Speak easyの名が付いたとされる説や、

酒を注文する際、酒の名前を言う代わりに「Panther Sweat(パンサーの汗)」や「Tarantula juice(タランチュラジュース)」など、

簡単に言える(Speak Easy)言葉で注文する必要があったということから来ているとする場合もあります。

いずれとしても、警察からの追跡を避けるためにさまざまな対策が講じられると共に、それは独自のスピークイージーの文化を形成していきました。

フィンガーフードが流行する

今では市民権を得た食べ物の一つとして、多くの場で目にする機会が増えた一口料理(フィンガーフード)。

実はこれもスピークイージーが人気の火付け役となっています。

フィンガーフード自体は古くからあり、フランスでは18世紀後半からカナッペと呼ばれ、愛されていました。

スピークイージーはあくまで「もぐり酒場」であったため、大きなテーブルで広々とゆっくり食事を取れる場所ではありませんでした。

そのため、ワインを持ちながらもう片方の手でつまんで食べれるこの小さなサイズの食べ物は、とても人気となったのです。

これはスピークイージーの一つの文化として、現代でも多くのお店でフィンガーフードが提供されています。

伝説のスピークイージー「21 Club」

とても多くのスピークイージーが登場した1920年代。おいしいお酒を求めて沢山の人が危険を冒しながらお店に出入りしていました。

そんな中、当時一流の著名人たちからも愛されたのが「21 Club」でした。

https://www.21club.com/history

この「21」は、ニューヨークのマンハッタンのnorth at 21 West 52nd Streetでオープンしたことから、「21」の名前がつけられました。

1930年1月1日にJackとCharlieによって作られたこの場所で提供されていたのは、当時出回っていた低品質な密造酒ではなく、

オーナーの独自のコネクションで密輸された、カナダやヨーロッパの上質なワイン・スピリッツなどでした。

ちなみに密輸の際には、卵の中身を吸い出し酒で満たして運んだり、ホースの中に酒を隠したりして運んでいたそうです。

また、この「21」が一流の人からも愛されてたのにはもう一つの理由がありました。それが【スパイ映画のような完璧なセキュリティ】でした。

https://www.21club.com/history

具体的にはこのようなセキュリティが採用されていました。

・お店の名前を複数持ち、捜査をかく乱した。(Jack&Charlie's 21、The 21 Club、The Numbersなど) ・隣り合っていた家も買取り、その地下に大量の酒を隠すことで万が一捜査が入っても【「21」の敷地内に酒はない】と言うことができた。 ・万一捜査が入った際には、レバーを引けば酒の棚が崩れ地下の下水へ酒を廃棄することができた。また隠しドアや回転するバーまでありました。

このような完璧なセキュリティ体勢を敷くことにより、数え切れないほどの捜査を受けながらもオーナーの二人が逮捕されることは一度もありませんでした。

「21」の名だたる愛好家達

現在まで営業を続けるこの伝説のスピークイージー「21」には、多くの、それも名だたるファン達がいました。

具体的には ■リチャード・ニクソン大統領 ■ジョン・F・ケネディ大統領 ■クリントン大統領 ■エリザベス・テイラー ■ソフィア・ローレン ■ジョン・マッケンロー などです。

いずれも超一流の人物達に愛され、多くの人が「これぞ!」というワインをこの「21」のワインセラーに収蔵していました。

また、店の天井にもおもしろいものが残されています。

https://www.21club.com/history

飛行機や船、トラックやヘルメットなど様々なものが天井に吊り下げられています。

この始まりは、ある常連の航空業界の人間が「自分のいつもの席の天井に、自分の会社の飛行機の模型を飾らせて欲しい」と言い、実際に吊り下げられたことに始まります。

その後その会社のライバル会社も同様に模型を吊るさせてもらうことになり、その後も多くの人が真似をした結果、このような天井になったのです。

飾られているものの具体例としては、 ■ジョン・マッケンローのテニスラケット ■クリントン大統領のエアフォースワンの模型 ■ジャック・ニクラウスのゴルフクラブ ■ジョン・F・ケネディ大統領の魚雷艇の模型 などがあります。

この他にもサルバトーレ・フェラガモやカルティエも天井に物を飾っているらしく、非常にたくさんのコレクター垂涎の品を今も見ることができます。

ちなみに「21」は今でも同じ場所で営業を続けており、多くの一流人たちを楽しませています。

NYにお立ち寄りの際には、ぜひ一度お試しいただきたい名所のひとつです。

<アクセス> 「21 Club」

21 West 52nd Street、New York、New York 10019 https://www.21club.com/

電話・1-212-582-7200 Eメール・reservations@21club.com

その他にもニューヨークのおススメのスポットを紹介した記事もございますので、ぜひご覧ください。

<カントリージェントルマンブルックリンおすすめスポット50(グルメ・古着・バー・ナイトライフ・公園・雑貨・ファッションからフリーマーケットまで)前編>

<ブルックリンおすすめスポット50(グルメ・古着・バー・ナイトライフ・公園・雑貨・ファッションからフリーマーケットまで)中編>

<ブルックリンおすすめスポット50(グルメ・古着・バー・ナイトライフ・公園・雑貨・ファッションからフリーマーケットまで)後編>

#歴史 #ヴィンテージ #スピークイージー

​ー 取り扱いカード一覧 ー

  • Instagram - White Circle
  • Facebookの - ホワイト丸

©2018  Country Gentleman

Mail Address

countrygentlemanstuff@gmail.com

 

Opening Hours

Monday - Friday: 10.00 - 19.00

Saturday: 10.00 - 17.00

カントリージェントルマンではアメリカより取り寄せたヴィンテージ素材をリメイクし、スプーンリングやブレスレットなどのヴィンテージアクセサリーをメンズを中心としてユニセックスも制作・通販しております。

​本当のカントリーを表現すべく、素材・製法にこだわり一点一点オールハンドメイドで制作しています。