”Time Paradox Series”



頭から離れない奇妙な物語。


皆さんも一度はそんなストーリーに触れたご経験がおありではないでしょうか。


私の場合、それが"Time Paradox”というものでした。


少し長くなりますが、この奇妙でありながらもとても興味深い矛盾について、


そしてカントリージェントルマンの新たな作品について、お話しさせていただければと思います。

ことの始まり


これまでスプーンリングをはじめとして、メキシカンリングやポイズンリング、フレッドハービースタイルなど様々なヴィンテージアクセサリーの知られざる歴史に触れてきました。


そのどれもがとても味わい深く、そして独特な魅力に満ち溢れていました。


そんな歴史の数々に触れているうちに、徐々に自分の頭の中にあるイメージが湧き上がってきました。


それは


「もしこの時代のAがあの時代のBと出会ったとしたら、どんな作品が出来上がっていたのだろうか。」


という、ある意味小学生でも思いつきそうな単純で、尚且つ漠然としたイメージでした。

例えば1900年代初頭のネイティブアメリカン(銀細工の職人)が、17世期のヨーロッパの彫金職人と出会っていたらどんな作品ができていたのか、


アメリカ南北戦争時代に、もし南軍の兵士と北軍の兵士が親友になっていたなら、どんなものが生まれていたのか。


いわゆる”タイムトラベル”を軸としたこの突拍子もないストーリーを思いついてから、そのアイデアをなんとか具現化してみたいという衝動に駆られることになりました。

Time Paradoxとは

ここからかなり奇妙な話に脱線してしまいますが、もしよろしければお付き合いください。

(面倒であれば読み飛ばしていただいても構いません。)


現代においては、もちろんタイムトラベルはあり得ない超未来的な技術としてしか認知されていません。


しかし気になることがあるとどうしても深く知りたい欲求が出てきてしまうため、


そもそも「タイムトラベルは本当に実現可能なのか」について調べることにしました。


今回お話ししようとしている”Time paradox(タイムパラドックス)”とは、そもそも”タイムトラベルに伴う矛盾”のことを指します。


つまりは、このタイムパラドックスが有る限り、タイムトラベルは不可能であるとされています。


有名なタイムパラドックスの一つとして、「親殺しのパラドックス(grandfather paradox)」という矛盾がありますので、ご紹介します。


具体的には以下の通りです。


「ある人物がタイムトラベルをして、自分の母親と出会う前の父親を亡き者とする。すると自分はこの世に生まれないことになり、そもそもタイムトラベルして父親を消すこともできなくなる」


という、少し物騒な例えですが、確かに説得力のある矛盾となります。


結論としては、このタイムパラドックスを乗り越えない限り、タイムトラベルは実現不可能となってしまうのです。


またこれとは異なる考え方として、


並行世界、多世界解釈、過去は変えられない、時の自己修復能力など、タイムトラベルに関しては現在でも様々な矛盾や説が生み出されています。


※ちなみにはじめにご紹介した「親殺しのパラドックス」の考え方は、フランスの小説家René Barjavel(1911-1985)によって、1943年に彼の著作 Le Voyageur Imprudent(軽はずみな旅行者)の中で初めて提唱されたとされています。


※参考:タイムトラベル

力強い言葉


話を戻します。


もし先ほどのタイムパラドックスの理論が正しければ、


私がイメージしていた「もしAがあの時代のBに出会っていたら、どんな作品が生まれていたのか」というストーリーは起こり得ないこととなってしまいます。

しかしここで私はまた一つ、違った考え方に触れることとなります。


その考え方(言葉)を生み出したのは、”海底二万里”の作者であり「SFの父」と呼ばれる巨匠、Jules Gabriel Verne(1828-1905)でした。


彼が名作”海底二万里”を執筆していた際に、彼の父親に宛てた手紙の一節の中にこんな言葉が残されていたそうです。


人間が想像できることは、人間が必ず実現できる

(Tout ce qu'un homme est capable d'imaginer, d'autres hommes seront capables)


実際に彼が本当にこれを書いたのかについては議論が分かれているそうですが、


このポジティブかつ、自分のイメージを大きく膨らませてくれるような力強い言葉に、私は目が覚めるような思いを抱きました。

先人たちの類まれな発想力


人間が想像できることは、人間が必ず実現できる」という言葉に出会ってから、私はこれまでに紐解いてきた様々なアクセサリーの誕生の歴史について、思いを巡らせました。


スプーンリング貧乏な召使いが、愛する人への贈り物にするために銀食器を盗んでリングに仕立てたことから始まったとされています。


バッテリーバードは世界恐慌の材料不足に悩んだネイティブアメリカンたちが、手元にあった車のバッテリーなどを再利用して作られました。


メキシカンリングメキシコ革命に苦しむ彫金師たちが、価値が激減したペソ硬貨を溶かして作りあげました。


フィードサックドレス戦争や世界恐慌で材料不足に苦しんだ妻たちが、手元にあった布の小麦粉袋をリメイクすることで生み出されました。


振り返れば、現代に至るまで偉大な先人たちは度重なる制限・規制に幾度となく晒されてきました。


中世の身分闘争、革命、戦争、恐慌などここでは書き切れないほどの不運に何度も見舞われてきました。


しかし彼らは自信が持つ正しい世界のイメージを決して絶やすことなく、いかなる制限・規制の中でも自らのイメージを具現化し続けてきました。


むしろ制限・規制があるからこそ、先に挙げたような独創的なプロダクト、アクセサリーがこの世に生み出されたといっても過言ではないように思います。


現代においてもコロナや環境破壊などにより、これまでになく多くの制限が私たち人間に対して課されています。


そんな規制・制限を、”イメージの力”で乗り越えるという意味を込め、あえて乗り越えられない矛盾とされる”Time Paradox”の名を冠し、作品を作っていこうと決めました。

生み出すこと・消費することの矛盾


パンデミックによる制限・規制の他にも、何かを生み出す人たちが乗り越えなければならないもう一つの矛盾があります。


それは、何かを生み出すことで発生する消費です。


ここでは「持続可能な生産」を例にあげます。


大量生産・大量消費の考えがこの世に登場し、多くの企業や消費者がこの考えに賛同してきました。その末路が地球規模での環境破壊、そして様々な資源の枯渇です。


近年では持続可能な生産方法を重視するブランドや企業も登場してはいますが、それもまだほんの一握りでしかありません。


SDGs(持続可能な開発目標)という目標も、ようやくこの日本でも注目を集め始めていますが、まだまだ始まったばかりです。


自分が思い描く世界を表現したい一方で、何かを”生み出す”ということは何かを”消費”しなければなりません。


絵を描くなら絵具が、ジーンズを作るなら大量の水(一説には1本のジーンズに約3,800リットルの水)が必要となります。(詳しくは別記事「サステナブルをファッションから考える」をご覧ください)



かなりの極論を言えば、本当に環境を重視するのであれば、何も作り出さないことも一つの解決策になり得ます。


しかしそれでは我々の人間社会が立ち行かなくなるのも事実です。


何かを”生み出す”という行為は素晴らしいものですが、それは同時に新たな”消費”を生んでしまうという矛盾を孕んでいます。


この矛盾をどうにか解決できないかと考える上で、私なりにたどり着いた答えこそが”ヴィンテージ”でした。


現代においては、大量の素材が大量の生産によって消費されています。


しかし、すでに何十年も前にこの世に生み出されている古いものを素材とし、新しい何かを作ることができれば。


それが実現できるなら、”消費”を最大限まで減らしながらも、自分の思うイメージを具現化して”生み出す”ことはできるのではないかと考えています。


その軸となる考え方が、今回の”Time Paradox”シリーズだったのです。

"Time Paradox"Series: Boro×Flour Sack Neckerchief


この"Time Paradox"シリーズの記念すべき第一弾としてお届けするのが、ヴィンテージボロネッカチーフです。

詳しくは作品ページにてご紹介させていただきますが、自信を持ってお届けできるストーリーと作品に仕上がりました。



素材がヴィンテージということもあり、たくさんをご用意できたわけではありませんが、一つ一つハンドメイドで丁寧に仕上げた逸品となっています。


ヴィンテージ素材が持つストーリー、そして時を経たことでその素材自体が身に纏ってきた独特の雰囲気を、十二分に楽しんでいただけるような作品となっています。


是非この機会にお試しをいただければ、この上なく幸せに思います。


Country Gentleman