IDブレスレットの知られざる歴史

最終更新: 2019年12月26日


今回ご紹介するのはIDブレスレットの知られざる歴史についてです。

ヴィンテージアクセサリーが好きな方や、ミリタリーものに造詣が深い方はすでにご存知のアクセサリーかとは思いますが、よりディープな歴史を紐解いていきたいと思います。


<お知らせ:2019年12月18日 ヴィンテージIDブレスレット入荷いたしました。>

ヴィンテージIDブレスレット -Capt E.B McNoldy 3rd Armored Division-



ヴィンテージIDブレスレット -WW2 Earl A. Straub-

それではIDブレスレットの歴史を、紐解いていきたいと思います。

IDブレスレットの起源→IDタグ

そもそもIDブレスレットとは、【Identification】 の頭文字であり、本来は「身分証明」であったり、「その証明書」のことを指しています。

つまりIDブレスレットの意味としては、<身分証明ができるブレスレット>と言っても差し支えないものと思います。

現代少しずつ人々にも知られ始めてきたIDブレスレットですが、実はその起源はIDタグにあります。

IDタグの始まりは、古代ローマ時代のスパルタ人が手首に着けた棒に名前を刻んだことが始まりとされていますが、より一般的に認知されたのがアメリカ南北戦争(1861−1865年)からでした。

アメリカ南北戦争

アメリカ南北戦争が激しさを増す中、兵士たちは自分たちが死んだ時に「これはどこの誰なのか」を識別する方法がないことを恐れました。

その理由は、実際多くの亡くなった仲間たちが「判別ができないとの理由」で故郷に葬る事ができないでいたからでした。

その結果として、多くの兵士たちは一枚の紙に自分の名前を書き、それを自分の服(コートや軍服)に縫い付ける(または貼り付ける)か、ベルトのバックルに自分の故郷や宗教、名前などの情報を引っかき傷によって記しました。

戦争の最中、1862年5月3日にニューヨーカーだったジョン・ケネディは米陸軍長官エドウィン・スタントンに、すべての連邦軍の兵士にIDタグの原型となるものの製造と提供を申し出ましたが、それが採用されたのはそれから44年が経ってからのことでした。

民間によるIDタグの販売開始

その後すぐ民間の製造業者が、雑誌や新聞などの定期刊行物の中に「Soldier's Pins」という商品を宣伝し始めました。これこそがIDタグの原型とも呼べるものとなったのでした。

しかし、実際に兵士たちはその広告を見ることはほとんどありませんでした。

なぜなら兵士たちが新聞や雑誌などの定期刊行物を所持していることはほとんどなかったからでした。

兵士たちがそう言った情報を得るのは、戦場の近くまで兵士たちを追ってきた民間の商人や、彼らが運営する移動式のテントなどが主でした。

真鍮や鉛で作られた小さなコインのような物に、アルファベットなどのデザインを刻印する小型の機械を用いることで、ようやく兵士たちの手にもIDタグが渡されることとなりました。

ちなみに、このようなIDタグを手に入れることができたのは、ほとんどが北軍の兵士でした。なぜなら南軍の兵士たちにはそのような、IDタグと出会う場所がほとんどなかったためとされています。

そのため、今日まで残っている当時のIDタグには、北軍を率いていたアブラハム・リンカーンをはじめとして、イーグルやシールド、さらにはジョージ・ワシントンなどのデザインが多用されていたのでした。

タグの裏側には、実用的な機能として兵士の名前や所属部隊、または故郷の名前や宗教が刻まれていきました。

通常タグには穴が開けられており、紐やチェーンを通すことができたため、多くの兵士たちは首からタグをぶら下げる形で身につけていました。

IDタグとしてのコイン

このようにしてIDタグが浸透し始めましたが、その当時においてただ単にそのようなIDタグを買うだけではなく、身近にあるものでIDタグを作る人が現れ始めます。

https://relicrecord.com/blog/love-tokens-currency-of-love/

職人による作業かと思うほどに美しく刻まれているものや、素人らしい自由なデザインのものもあるため、一部のコレクターの間では非常に高値で取引されるほどです。

おそらくほとんどの人が知ることのなかったIDタグの歴史が、このコインには刻まれています。

IDブレスレットの登場

徐々に一般の兵士達の間でも、IDを金属に刻み身に着けるという文化が定着し始めていましたが、一つ問題がありました。

それは、金属といえど腐食するということでした。

戦いの中で人知れず泥に埋もれた人たちは、銅や鉛でできたIDタグを身に着けたまま土の中に沈んでいきました。

ようやく掘り返されたときには、銅や鉛などでは腐食に弱く文字の判別ができないこともざらでした。

そのためより腐食に強い銀へ素材を変え、さらにファッショナブルに身に着けられるようにとブレスレットにIDを組み合わせて実につける、いわゆるIDブレスレットが生まれました。

※ちなみにオリンピックのメダルは金銀銅。これは価値が高い順だけでなく、腐食に強い順でもあるということはあまり知られていません。

金はほとんど腐食せず、銀は腐食に強く、銅は腐食に弱い金属となっています。

エジプトで発見される黄金のマスクなどが現代においても輝きを失わないのは、それだけ金が腐食に強いということを示しています。

第一次世界大戦のIDブレスレット

第一次世界大戦のIDブレスレットは、多くの場合薄く丸いプレートに細めのチェーンを取り付けたスタイルが主流となりました。

全体的にやわらかい印象を受けるブレスレットになっています。

第二次世界大戦のIDブレスレット

第二次世界大戦の頃には、もちろん第一次大戦のような薄く丸いプレートもありましたが、新しい流行として、少し厚めの長方形のプレートが人気を呼びました。

より男らしく、チェーンも重量感のあるものが多く採用され始めたのもこのころからです。

デザイン性も高まり、ファッションとして戦争が終わった後も受け継がれていく事が多いそうです。

受け継がれるIDブレスレット

このようにIDブレスレットは、元々は身につけている兵士が話せない状態になった場合(怪我、死亡などにより)に、名前や住所、階級や宗教などを判別するために作られました。

しかし戦争が終わり、生き残った兵士たちはIDブレスレットをそのまま身につけ続けました。

これは、彼らの中でIDブレスレットが【国を守った英雄としての勲章】のような意味合いも持ち始めたからでした。

または、彼らは自分の大切な女性にこのブレスレットを送りました。アメリカでは元々、カレッジリングのように自分が所属した証や大事にしているものをプレゼントするという文化があり、それを踏襲していたようです。

歴史を見れば少し恐ろしい側面ばかりが強調されますが、現在市場に出回っているのは無事帰還した兵士たちのIDである場合がほとんどです。

(亡くなった兵士のIDブレスレットは家族や恋人へ送られるため、売りに出されることは稀です)

戦争という悲しい状況にありながらも、少しでもかっこいいデザインにするために自分で刻印を入れたり、素材にこだわったりと、いかなる状況でもオシャレを忘れない西欧文化の懐の深さを感じる事ができるのが、このIDブレスレットなのです。

<2019年12月18日 ヴィンテージIDブレスレット入荷いたしました。>

ヴィンテージIDブレスレット -Capt E.B McNoldy 3rd Armored Division-


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